10月20日、相変わらずロザーンヌは快晴であった。天候はフェスの開催期間中、我々に微笑み続け、非常に恵まれた。夜は無論そこそこ寒いが、日中は10月とは思えない温かさであった。ここまで体調、モチベーション共に巧く保てた。全ての機材を持って(と言っても大した量では無い)Casinoへ行った。しかし、スタッフのみんなは良く働くなあ、何時寝てるのだろう?って位、働いてる。みんな誰よりも早く此処に毎日来て、誰よりも遅くまで残ってる。本当に感謝である。今日も旨いLUFFケイタリングのランチを済ませ、サウンド・チェックに備えた。予定では13:30入りし、14:00にチェックであった。ニコ君とステージに関して打ち合わせた。本番も彼がいつでも横でスタンバっていてくれる。何も俺から発言しなくても、もう彼は充分理解している。アンプを4発使うか尋ねられたが、ちょっと考えてから、「否、面倒だし、ステレオで2つで大丈夫」と言った。そうしたらニコ君は「4発でPlease say yes!」と言ってた。さすが判ってるな、と思いつつもPAが充分フォローしてくれると既に確信していた。もちろんアンプも鳴らすが、メインはあくまでもラインの音だからだ。もし、アンプ・キャビネットを8発と言われたら、躊躇せず「Yes, Please」と言ったかも知れない。ラモーンズみたいにアンプの壁を作って演りたい気持ちは確かにあるが...。Casinoのホール内は充分広いので、そこまでしたら鳴りは確実に違うが、アンプの音を拾うのはマイクなので、つまりワン・クッションあって、電子音の場合はそこでロスしてしまう所もあるし、アンプではカバーしきれない帯域があるから焼ける可能性も高い。特にベース・アンプなど例え400Wあっても焼き切るのは簡単だ。焼かない程度に鳴らせながらやるのが難しいのだ。アンプの出す歪みは好きであるが、特別にアンプ・ヘッドとキャビネットを誂えない限り、所詮ギターやベースに特化して生産されている機材なのである。もちろんPAも場所や音楽性によって向き不向き様々で、糞みたいなのから素晴らしいのまで色々だが。ステージに上がってみると結構広かったので、客席に近くなる様にステージの手前の方にテーブルを置いてセットしようとしたら、ニコ君が直ぐに来て「そこは真下にウーハーが入っていて揺れるから、もっと下げて下さい」と言った。アドバイスされた位置までテーブルを下げて、セッティングを済ませて音を出してみたら直ぐに合点した。低周波数帯域に思い切り音をブチ込んだ途端に凄い振動である、ハンパねえ。大体何ヘルツ位から振動しだして何ヘルツ位まで低域に入れると「揺れ揺れ状態」になるか掴めたが、そんな事は本番中に計算して出来ないし、本能の赴くがままにやるのみである。これだけウーハー部分から避けたのにコンピューター上のマウスのポインターを拾えない事がある程の振動であった。マウスが勝手に踊ってた。笑ってしまって、もう外音のチェックさえもしなかった。冷静に考えて、これ位PAで出してくれるなら、アンプに必要以上の負荷を掛ける必要は無いと思ったので、アンプのつまみの位置は適度にして、ニコ君に後は全て任せてメモして置いて貰った。モニターも充分良く返って来てたし、後はもう自分の機材がちゃんと作動するかのみをチェックし、さっさと簡単にサウンド・チェックを済ませた。ビビリのPAだったら注文も付けたくなるが、その心配はいらなかった。これまでにLUFFが培って来た経験とノウ・ハウを信じる事とした。それとこれはフェスティバルだし、俺の単独のコンサートでも無い、アンサンブルとそのバランスに気を使わねばならない他の出演者もいるから、サウンド・チェックに必要以上に時間を掛けないのが俺の主義だ。会場に依って同じ音を出しても出音は異なるが、サウンド・チェックの時点で感覚はもう掴めた。この時点で何らかのストレスを抱えないで済めば、後は演るのみでリラックスだ。ある意味、本番よりもナーバスになるサウンド・チェックがスムーズにいったので、かな〜り気分も軽い。俺の出番は深夜2:00過ぎ予定だし、神経を一端緩和させて過ごさねば、ぶっちゃけキツいし先は長い。楽屋で濃いコーヒーでも飲もうと勇んで帰ると、Brutal Truth御一行様が到着してた。ベースのDannyに「お〜、元気?あれ、リッチは?」と言うと、ソファーにドラムスのRich Hoakがくたばってた。どうやら酷い時差ボケで「超〜調子悪い」との事。ありゃりゃ、今夜大丈夫かいな?あれ?ギターリストは俺の記憶が正しければ、Total Fucking Destructionで弾いてた人だな。しかし、今夜はBrutal Truth Plays Robert Piotrowiczという編成での演奏だ。Robertは日本にも来日した事もあるポーランドのアーティストで、モジュラー・シンセとラップトップを使う硬派なアーティストである。彼は近年、ポーランドから世界へ向けて渡り歩いて最もアクティブに活動しているアーティストの一人になった。実はロバートはBrutal Truthとは別途先にLUFF入りしていて、連日顔を合わせていた。日本でも一回会っていた。ちょっとサウンド・チェックも見たが、あまりにもリッチの調子が悪そうで、案の定、終わると直ぐに寝る為に一端宿へ直行した。Brutal Truthもインタビューを受けていたが、俺もその時間帯は眠たくて近くに居たにも関わらず何も憶えてはいない。さて、このLUFF 2012音楽プログラム最終日は「Destruction et reconstruction de I'univers」と題された。出演は、FAT32 (FR)、Oi Polloi (SCO / 出演禁止)、Brutal Truth plays Robert Piotrowicz (US / PL)、PAINJERK (JP)だ。FAT32は何の予備知識も無く見たのであるが、シンセとドラムのデュオで、目紛しく複雑に作曲された曲を展開するプログレッシブな演奏で、NO MEANS NOを思わせる様なタイトさ、フュージョンもスパイク・ジョーンズまでもごった煮にしてしまったかの様な、所々にユーモアまで織り交ぜてしまった、壮絶にカッコ良いバンドであった!大収穫!彼等の超絶なインター・プレイに観客も大満足。で、Oi Polloiの空いた時間はどうしたかって?照明を完全に落とし暗転された漆黒の会場の中、完全に加工されたアーティフィシャルな複数のヴォイスの掛け合いが始まった。個人を特定出来ない形で、この顛末を揶揄したらしき、ヴォイス・パフォーマンスが挟まれた。実は我々が楽屋に居た時に、フィルム部門の目玉であったJohn Waters氏が突然楽屋に現れたので、これはWaters氏が何かやるのか?という憶測が飛んだが、それは無かった、残念。しかし、Brutal TruthのヴォーカルのKevinがとても配慮しながら、Waters氏と会話しているのをそばで聞いていたので、何だかそれがとても微笑ましかった。で、そのBrutal Truth plays Robert Piotrowiczである。Brutal Truthの曲に合わせてRobertが電子音を重ねるというスタイルであった。最初の曲だけこのコラボレーションの為に作曲されたものであったかも知れない。電子音のうねる中、ケヴィンの第一声は「Destroy!」という咆哮であった。彼等の傑作アルバム、「Need to Control」からのヘヴィー・チューン、Collapsまで演ってる、ヤバい...かっちょええ。そのままグラインド・タイム突入。 電子音とバンド・アンサンブルのバランスも俺が聞いてた卓の近くではバッチリ良し。リッチも本番には帳尻合わせてる、というか、いつの間にか、ドラム・セットから離れてマイクに向かって何か叫んでるし...。やっぱりドラムがリッチになってからの方が、グラインド、メタルとハードコア、更に実験的アプローチを散りばめるその混ざる案配が絶妙な感じになって良いな。ちょっと躊躇したが、自分の方の帳尻を合わせる為に途中で退座した。申し訳ない。ガランとした誰もいない静かな楽屋で、ソファーに深く身を委ねてテーブルに足を投げ出し、長い一日を終わらせる為に目を閉じて暫し休む。場内のフェスが嘘の様な静けさを感じた。このバック・ステージにアクセスする為の通路の入り口にはドアもあって、セキュリティが立って居るからこの静けさを邪魔するヤツは誰も現れなかった。そうしている内に感覚は動物的なまでに研ぎ澄まされ始めて来た。急に空腹を覚えて楽屋にあった食い物を漁った。喉の乾きも覚えて冷蔵庫も漁った。腹を満たしてから再びエナジーが身体に戻って来る様な感覚を覚えた頃には、段々待てなくなって来て、楽屋に繋がる長い通路をうろうろと歩き回ってイライラ感を殺した。暫くすると閉じたドアの向こう側から人がぞろぞろと外に出てくる気配がした。演奏が終わってみんな外へ一服しに出て来たのだ。楽屋にも人が戻り始めた。俺はそれとタイミングを反らせるかの様に今度はステージの真後ろの通路にひっそりと移動した。そこは極少数のスタッフしか通らない。ステージの余韻がカーテン越しに感じられた。様子を見てステージのセットが全て捌けるのをそこで待った。そこにニコさんが現れて俺にこう言った。「ついさっき、サウンド・ポリスも帰りました。今夜はもう来ません。今年のLUFFの集大成にピリオドを打つ為に、全てあなたの好きにして下さい。あなたに何も制約は有りません。時間も何もかも気にしないで、あなたが全てを終わらせて下さい。」と...。それと水が入ったボトルを俺に手渡してくれた。...光栄だ。その言葉だけでステージに上がる理由は充分であった。(続く)
19日、早々に起きて、本日のLUFF.FM.局での演奏に必要な機材だけを選り分けて、早めに余裕を持って宿を後にしてCasinoに向かった。出番は夕刻の17:00である。ランチを食べてまったりしてからラジオのスタッフと軽い打ち合わせをした。生で放送している横で軽いサウンド・チェック(とは言ってもちゃんとオーディオ信号が卓に行くかどうかといった程度)をして、時間枠が余ってしまった場合に備えて、いくつかの選曲もしておいた。リクエストした曲はスタッフが直ぐさまその場でネットで検索したが、ダウンロード出来ない物もあったので、適当にやってもらった。彼等はラジオ局としてはプロでは無いが、そういう仕事はとても早く迅速に動く。彼等はコンピューターやネットを駆使して必要な情報を総動員で瞬時にあぶり出せる。しかし生演奏をラジオでと言っても気楽である。別に何かコメントする訳でも無いし、その点がラクチンである。いつも通りに演奏に集中しさえすれば良いのである。しかも椅子にじっくり据わって出来る。以前にフィンランドのヘルシンキで開催された、アヴァント・フェスティバルに招待された時は、国営放送のイーブニング・ニュースに取材に来られて、出演する日のサウンド・チェック時に収録に来て、その夕方のニュースで流された。NHKの夕方のニュースに出た様なものだ。フィンランド中に最悪な醜態を晒した。そもそも質問の矛先がちょっと仕向けられていたのであるが、インタビュアーの期待通りの返答をしてやったのだ。つまりその...社会に糞をする様な...。まあ、スタッフみんなでそのニュースを鑑賞して「笑い」を取れた事のみが救いであった。で、LUFF.FMに話を戻そう。機材もセットしたまま時間が来るまで寛いだ。スタッフの合図を待つのみである。で、ほぼ17:00頃、ほぼオン・タイムでMCで紹介されてスタッフからキューが出た瞬間から音をリリースした。スタッフが弱冠「アレ?」という表情をしたのを見逃さなかった。それもそうである、このLUFF.FMの為に違う演奏用のセットをラップトップ内に作ってあって、俺が比較的静かなゆったりとした演奏を始めたからである。しかしデカイ出力の信号もサウンド・チェック時に送って確認しておいたから、俺は何の心配もしていなかった。しかし俺はかなりの時間をそのゆったりとした感じの演奏で続けたものだから、ラジオ・スタッフ側もまったく油断していた。ラップトップの電子音と発振器の音を混ぜて延々と静かめに引っ張っておいてから、唐突に爆音をリリースしてやった。その途端、局内のモニターが本当に飛ぶんじゃないかと思う程の爆音になった。(実際にスピーカーがブルブル震えた)多分、スタッフもあまりに静か目な演奏が続くので、ついついボリュームを上げ目にしていたのだろう、突然の爆音にみんながみんな慌てふためき、その場でテーブルがひっくり返ったみたいな状態になった。スタッフの一人が猛ダッシュでミキサーに飛びつき音量を絞られた。俺的には「おお、中々鳴るじゃん、ラッキー!」と思ったが、それも一瞬の事であった。何でもこれはCasino内の共用部の至る所でも流れているので、そこまでは出せないとの事。ま、いっか。元々ラジオでそんな満足出来る演奏が出来るとも期待はしていなかったしな。というか、漫画みたいなみんなの慌てぶりに笑っていたのは俺だけであった。あー、ある意味面白かった。という事でさっさと機材を片付けて、バック・ステージに下げ、今夜の出演者のサウンド・チェックを見に行った。そうしたら丁度ソニック・ユースを解散し、Body / Headという名義のギター・デュオで活動を始めたKim Gordonと相方のBill Naceがサウンド・チェックの真っ最中であった。久しぶりに聴くKimの声とギターの音。何だか妙な懐かしささえ感じた。厳密に言えば彼女を見たのは5年ちょっと振り位か。NYCで開催されたNo Fun Fest 2007以来である。あの時は同じ晩の出演だったな...NYであった色々な事が一瞬脳内にフラッシュバックした。まあ、あんまりじっくり見てるのも失礼なんで、そそくさと退散して楽屋に戻った。楽屋には何処かで見た憶えのある様な無い様な女性が椅子に腰掛けていた。あっ、Ikue Moriさんであった。そうだ、実際にお会いするのはこれが初めてであったが、写真でお顔を存じていたのだ。挨拶をして少しお話をさせていただいた。言うまでも無いが、Moriさんはあの1978年にリリースされた超絶オムニバス・アルバム「No New York」にDNAのドラマーとして参加して以来のキャリアを誇る。現在はラップトップを使って演奏していらっしゃる。う〜む、珍しくちょっと緊張したかな?Moriさんは確かオスロで数年前にインキャパシタンツとも一緒だったと記憶していたので、自然とその話にもなった。Moriさん曰く「ああ、あの方達ね」と笑みをこぼしておられました。どういう意味の笑みなのであったのか?まさか美川さんが現地でもベロベロに酔って...カラオケのごとく唄を唄ったり、おっさんギャグをまき散らしたり...否、それはあるまい。真っ当な社会人だしな。で、ここら辺で、楽屋のビールはちょっと薄味だし、やっぱドリンク・バーでもうちょっと旨いビールでも呑もうと思った。という事で、早速ドリンク・バーへ行ったのだが、いつものマスターは丁度居なかった。そこでふと金を持っていない事に気が付いた。つまり自分がスイス・フランを一銭も持っていなかった事に気が付き、デイブ・フィリップスに頼んで小額のユーロをスイス・フランに替えて貰った。我ながら凄いな俺、いったい此処で何日目だよ、と思った。出演者は数杯はタダで呑めるチケットを連日貰っていたのであるが、タダ券でも最初に数フランのカップ代を払わなければならなかったのだ。それはエコに考えられたシステムで、多くの人は呑み終わったらカップを捨ててしまう、そこで呑み終わってプラスチックのカップを返しに行けば、ちゃんとお金が払い戻されるという手筈であった。今まで俺は単に顔なじみで、LUFFのドリンク・スタッフの御厚意で、その金も預けずに呑めていたのである。申し訳ありませんでした。しかしこれも実はドリンクを仕切っていた方とのコミュニケーションが出来ていたから、ここまで呑めていたのであった。感謝。ついでに、デイブが買い込んである冷蔵庫の中のビールを自慢げに見せて、「1本俺のビール欲しい?」と誘惑してきたので、「くれくれ」と言って躊躇せずに恵んで貰った。楽屋のトイレで小用を足して出ようとドアを開けると、そこでKim姉さんと鉢合わせした。「おー、キム元気?」と声を掛けると、向こうもしっかり憶えていてくれた。ノー・ファンで俺が演奏した後にもちゃんと「凄いエナジーだったわ」と声を掛けに来てくれたしな。素直に嬉しかったなあ。山塚くんやよしみさんの最近の動向を訪ねられたが、知らんがな。俺ごときチンピラ・アーティストには殆ど接点無いもんな。山塚くんに最後に会ったのって94年くらいかな?過去3回くらいしか会ってないと思うけど。「知らんけど○×から近い○×辺りに住んでるらしいよ」と返答したら、それはKim姉さんも知っていた。で、新しい相棒のBill Naceを紹介してくれた。物腰の柔らかい静かな男であった。彼等もLUFF.TVの取材を受けていた。横で見ていたが、女性がこういう音楽を演奏する事、そこにジェンダーの壁みたいなものを感じた事があるかなどを質問をされていた。さてこの晩は「Rocky Noise Picture Show Night」と題して、ラインナップは以下であった。Greg Pope (GB)、Maja S. K. Ratkje & Ikue Mori (NO / US)、Body / Head: Kim Gordon & Bill Nace (US)、Blectum From Blechdom (US)、rm (CH)。今夜は女性演奏家率高し。やはり長くなるので此処ではあまり書き切れない。気になったアーティストの名前を上記に見たのならば、名前をコピペして「LUFF 2012」を加えてYoutubeで検索してくれい。LUFFもしくはMojuvideoがオフィシャルで投稿している映像がある。しかしもちろん生で体験するそれとは違う事は言うまでもない。少し書かせてもらえば、Body / Head。もうキムの声とギターのトーンを聴けば、彼女こそが、ソニック・ユースであったのかも知れないとさえ思った。相棒のBillのギターもまったく違和感なし。やっぱカッコいいぜキム姉さん!で、収穫だったというか、個人的ハイ・ライトだったのが、Greg Pope。彼はイギリスからと聞いているが、実は前日に出演して超凄かったフランスのCellule d'Intervention Metamkineのメンバーであった。"Light Trap"と題した彼のパフォーマンスはいくつかのビームをレイヤーさせていたのであろうか、その光の筋の焦点はGregに依って、巧みに投射されてスクリーンに映される。ピュアなエレクトロニック・サウンドと混然一体となって暗闇の中で彫刻となる。というかまるでブラック・ホールの入り口だ。メチャクチャにドラッギーな音と、ビームが投射されるポイントに注意を持っていかれる事に依って、フリーク・アウト寸前になる。これマジでヤバい。生で見て大きい音で聴いたらガッツリ持って行かれた。Greg Pope最高!そして、ここまで実際に見て聴いて来て、LUFFが準備した音響システムは、かなりエレクトロニック・サウンドには相性が良い事を確信した。今宵ももちろん良い晩であったのは言うまでもないが、実は毎晩、しかも数回に渡ってサウンド・ポリスが来ていたのだ。法的にはここでは100db以上を出すと罰金が加算される。LUFFはこの小遣い稼ぎに嫌がらせの様に何度もやって来るサウンド・ポリスと、毎晩やり合わねばならなかった。彼等も腹を括ってるし譲れない、シケタ音量でやっても楽しくない。一方警察も強行だ。プロ仕様の音量計を持って来てオーバーしていたらLUFFにどんどんと罰金を課すのだ。一晩に何度も!演奏中に抜き打ちで来て、「否、ほら、こうやって普通に会話出来るレベルでしょう?」と言っても駄目なのだ。LUFF側のセキュリティーもヤツ等を通さない訳にはいかない。今夜はニコさん、明日はチーボさん、といった具合にLUFFも警察に対処しているが、彼等はそれを決して表情に出さない。俺等に不安要素を与えない様にしてる。プロである。しかし、判っているぜ。LUFFだってもうヤツ等のパワー・ハラスメントのおかげで我慢の限界に近い。明日の俺の役割だって充分判ってるぜ。出演禁止のOi Polloiの分だってやってやるさ。LUFFが開催され始めて本年で10周年という特別な区切りって事も判ってる。今年、ロザーンヌのみんなが俺に何を期待してるかってのも判ってる。明日は音楽部門の最終日だって事も。みんなブチ壊してやる...。焼け野が原に何も残しはしない...。草木一本足りとも残しはしない。そんな事を自分の中で確認しながら、一人トボトボと歩いて宿まで歩いた。途中、この街ロザーンヌでは珍しく、酔っぱらいなのかジャンキー?なのかに、スクエア・ガーデンの近くの細い通りで、突然通りすがりにいきなり腕を掴まれた。瞬時に反応し「触んじゃねえ!」って突き返した。殺気を感じたのか、それ以上俺に寄っては来なかった。ああ、いい案配になって来た。ついつい此処の居心地の良さに頭がボケちまって、俺とした事が初心を忘れる所だったぜ。明日決行だ。(続く)
10月17日、いよいよLUFF 2012が開催された。Casino de Montbenonのベランダ部分をしっかりとした強固なテントで覆い、そこがLUFF.FM局となり、LUFFジャーナルを時々挟みながら、午後の早い時間帯はそこでガンガン音楽を掛けまくり始めた。セックス・ピストルズのGreat Rock 'n' Roll Swindleに収録されていて、フランス語で唄われている「Anarchie Pour le UK」や、デッケネの「Too Drunk to fuck」、「Kinky Sex Makes the World Go Round」などおなじみのナンバーが掛かっていて思わずニンマリ。いい感じだ。映像部門もスタートした。ここCasino内と、別途借りている会場を使って、明日からは更にフィルム・プログラムがビッシリと詰まっている。Casino内をブラブラしていた所、中国の北京から来た音響アーティストYan Junを紹介された。事前にズビグニュー・カルコフスキーからも「彼はとても良いアーティストだ」と聞いて名前は知っていた。彼は英語も凄く堪能で、LUFF.FMにも招かれてインタビューを受けていた。LUFFの出版でYan Junの本も印刷から上がって来ていて準備されていた。俺は早速Yan Junを誘ってCasinoのバックヤードの素晴らしい景色を見せに連れていった。「裏の景色見た?どうよこれ!」と言ったら、彼もその美しさに言葉を失っていた。さて、ニコ君等と数人で連れ立ってLibrairie Humusという書店を訪ねた。アートやシネマからビザーレな物の書籍まで取り扱っている書店で、日本の物も散見された。その書店の上階が展示スペースとなっていて、河村康輔さんの展示が始まっていた。彼はコラージュ・アーティストの超新星で、彼が今回この展示の為に使った主な素材は根本敬氏、大友克洋氏等のものであった。で、展示を見ていてとても気に入った作風のコラージュがあったので、詳しいお話を御本人から伺ったら、その素材は僕の大好きなWinston Smith氏の物であった。話を伺うに連れて涎が出そうなエピソードの数々。今度ちゃんと作品集買います。一冊キープしておいて下さい!つーか例の約束いずれお願いします!しかし聞く所によるとSmith氏は俺の名前を知ってるらしい...素直に嬉しいっす。その経緯、Smith氏とのエピソードなどもお聞きしたら個人的に滅茶滅茶盛り上がった。気が付いたらチーボさんもこの展示のオープニングに来ていた。さて、河村さん等とは後程会場での再会を約束して再びCasinoに戻った。もう書き切れないし把握出来なかったので申し訳ないが、フィルム部門への言及は出来ません、あしからず。実は1本見てギブ・アップした。鑑賞にかなりの集中力を要し(当然全ての映画は英語、もしくはそれが制作された国の母国語でそれに英語の字幕である)、おまけに長編をずっと椅子に据わって見ていたら深刻な腰痛が来たからである。もう既にそれまでのツアーでかなり酷使して来たので自分自身のコンディション作りを第一にしようと決めた。フィルム部門とはまた別で、音楽部門を見に来た人々がCasino前に続々と集まり始めた。見知った顔もいて声を掛けに来てくれた。ジュネーバからは数年前に会ったSixtoも来てくれた。LUFFの受付部門は相当パニックになってる。俺は顔を憶えられていたから問題なかったが、正規のパスの発行が遅れた。それもそうだ、一気に人が集まり出し、オフィスはてんてこ舞いになる。そうこうしている内にチーボさんの両親がLUFF初日を祝いに来てくれた。チーボさんが両親を紹介してくれたので彼の父と話したり、一緒にサウンド・インスタレーションを体験したりした。(これは2本のスティックに触れる事に依って、実際に被験者の身体に電気ショックが流れ、それに呼応して音がフィードバックし変調するといったもので、我々は全員で手を繋いで輪を作って集団で試したのであるが、電気がピリピリと来るので我慢出来ずに思わず手を離してしまった。)何故かチーボさんの父とウマが合い、ワインやビールなどお酒を奨められた。メチャ紳士でやさしいおやっさんの奨めを断れる訳がない(驕りでした、あざす!)。チーボさんも俺等が酒を酌み交わしているツー・ショットを見て仰け反ってた。結果、いつもよりちょいとばかり呑み過ぎてしまった。音楽部門は夜の22時頃にスタートし、深夜にまで及ぶ。イタリア各地でもそうであったが、その位の時間から始まるのは向こうでは普通だ。デイヴ・フィリップスも毎日遊びに来た。彼は毎年楽しみに来ているそうだ。さすがに要領を得たもので、殆ど楽屋の主状態である。しかも毎日ちゃっかり自分の分のビールを買い込んで来て楽屋の冷蔵庫の中に「デイブ」とマジックペンで名前を書いて、他人に呑まれない様にしてた。誰が教えたのか知らないが、日本語で「元気ですか?」というのを「便秘ですか?」と言い替えて来て、うっかり返答しようものならば、「え?君便秘なの?」と言って笑おうと試みていた。そうはいかんぜよ、デイヴ。さて当夜は、「Et apres...quoi?」と題されて、Yan Jun (CN)、Arcangel Constantini (MX)、Zeni Geva (JP)、Mattin (EU)、Michael Esposito (US)という布陣であった。Zeni Gevaは、既にツアーを回って来てここが終着点の俺とは違って、ツアーが始まったばかりだそうだ。Arcangel Constantiniは多分脳波を使った演奏であったと思う。一体どういう仕掛けなのか見ただけでは判らない大仰な装置を使っていた。Mattinは照明が落とされた中、絶叫や喚き、騒音が交錯して訳が判らない内に終了した。Michael Espositoの演奏は髑髏を弓で弾くという文字通り脳内を擦られている様なサウンドであった。この日、俺的にはYan Junの演奏が収穫で素晴らしかった。スピーカーや小型のトラメガなどを用いたフィードバック装置など安価に制作出来る原始的なシステムがテーブル上に並べられてあり、それらで音を発していたが(それらは例えば、ニコラス・コリンズなどのテクニックの応用であるかもしれない)、キーン、キリキリと来る高周波からドンっと唐突にウーハーを揺らした低音まで、そのトーンは非常に美しくさえあった。彼は北京をホーム・グラウンドとしているが、中国から世界中へ向けて演奏して歩いているアジアでも重要なアーティストである。彼は中国のこういった音楽の底上げをする中心的人物となるであろう。どうやら香港、上海、北京など、ある程度パイプが繋がっていて交流もあるみたいだし、Yan Jun自身も時々オーガナイズに関与している様だ。しかし、やっぱりインターナショナルなフェスはムードがいいね。今回はスイスという土壌もそれを助けているのかも知れない。そう、我々には政府のやってる政治なんて関係ない、俺達は既に国境を超えていて、ここに来るべくして徴集された。俺達には脳が筋肉になっちまった様な前時代的考え方や態度なんていらねえし、俺達なりの行為を通してアップデイトして行かなければならない事もある。一人でツアーして回ってると余計にそう感じる。身も知らない通りすがりの人に助けられたり、助けたりする事だってある。周りに日本人が居る事は皆無に近い。しかし自分が外に出て圧倒的マイノリティという立場に成っている時の方が、俺の中に巣食っている強い疎外感から解放されるのも不思議なものだ。あんまり考えてる暇が無いというか、殆ど本能で行動する。つーか、メシ喰って演奏して寝床にあり着く事以外は考えられない。それだけが糧になってる。うす汚れたコヨーテみたいに腹を空かせて何処かへ移動する。だからこそ能動的でならねば生きていけないし、その反面寛容さも遠い国の人々から学んで来たのだ。ここLausanneはちょっとばかり足を止めて、居心地が良いヤサを借りてるといった感じか。と、ここで一応綺麗事を述べておいて、しっかり楽屋から食べ物をクスねて帰って明日の朝食用としたのは言うまでもない。(続く)
明けて15日の昼間、再びLUFFのオフィスに顔を出した。LUFF音楽部門の中枢であるチーボさんにも再会した。忙しい所、わざわざコーヒーを運んでくれたり気を使ってくれる。しかしCrew達はわらわらと働いていて、膨大な数のコンピューターや什器、諸々備品を運び出し、フェス開催に向けてイベント会場であるCasino de MontbenonにLUFFのオフィスを殆ど丸ごと引っ越し状態である。邪魔しちゃ悪いし、普通に暇だったのでエクササイズを兼ねて車に積むのを手伝った。その晩、Lausanneの中心部にある小綺麗なライブ・ハウスみたいな所を貸し切ってLUFFのCrew達の総決起ミーティングが行われた。こんな機会は滅多に無いので一緒に参加させていただいた。集会は当然だが全てフランス語で進行が成されたのであるが(そう、スイスはいくつかの言語が使用されるが、此処はフランス語圏なのである)、資料の映写、各担当からの挨拶など、厳密に何を言っているかは判らなかったが、状況を見てどういう事を話して進行しているのかは容易に理解出来た。総勢100名程は猶にいるであろうLUFF Crew達も真剣に聞き入っていた。俺が泊めて貰っている部屋の主のSergeはバック・ステージの管理者で、彼も壇上から何かコメントしていた。因みに本年のフィルム部門の目玉は、あの「ピンク・フラミンゴ」を制作したJohn Waters氏であった。それだけでお腹一杯だ。それにしても詳細が印刷された冊子を受け取ったのはLausanneに来てからなので、俺的には(特に映像部門に関しては)全然把握出来ていなかった。つーか地図も貰ったが、基本的に方向音痴なのに加え、この街の立体交差感に慣れないと、地図上だけでは把握しにくい。皮肉な事に一つの判りやすい目印はHotel de Policeであった。コラージュ・アートの気鋭、河村康輔さんの個展が行われるのも書店の主から直接聞いて知った。その店主は奥様と一緒に数年前のジュネーヴァ公演を見に来てくれた人物だ。個展の件も忘れない様に頭の隅に刻みこんでおいた。しかしこれだけの数の人間が99%ボランティアとして働いているという事実には正直感動を憶えた。しかもフェスが始まってから目の当たりにしたが怠けているヤツなんて誰もいない。みんな各自何をすべきであるか充分に理解していて、これに掛けてるって感じがビンビンに伝わって来た。これは良いフェスになるなと確信した。因みにCrew以外、アーティストがこのミーティングに参加したのはLUFF史上俺が初めてだそうだ。日本でも数回会っていたニコ君ともこの会場で再会を果たした。バー・スペースではビールが振る舞われていたので、しっかり御馳走になったのは言うまでもない。東京で行われたLUFF企画で俺の事を憶えていてくれた連中からも次々と声を掛けられた。しかし、その宴、もとい準備もたけなわ感とはまた違った張りつめた緊張感もあったのだ。実は本年のLUFFの音楽プログラムの最終日について、警察当局からクレームが付けられたのだ。音楽部門の最終日にLUFFが組んだプログラムは、英国のアナーコ・スキンズ・バンド、Oi Polloi、米国のグラインド/デスコアの始祖、Brutal Truth、そして最後に俺がやって全て破壊するという完璧な演出の手筈であった。しかし当局はこの組み合わせを「史上最悪」と判断した。英国産生粋パンクで煽って、エクストリームな構築されたメタルで切り刻み叩き込む、そして最後にピュア・アナーキーなノイズで一掃するというのは最も危険な組み合わせであると危惧された。当局の決定は、街の治安を乱されない様に、当局が一番嫌がる「ガキ」を集めさせない為に、パンク・バンドOi Polloiの出演を禁じるという形となった。フェス側は事前に当局へ全てのプログラムを伝えなければならなかったので仕方が無いが、結局検閲されて出た決定が覆る事は無い、抗議も虚しくOi Polloiの出演は許されなかったのだ。街の中で唯一の保守組織である警察の圧力。まあ、確かにこの当局側の屁理屈は判らない訳でも無いが、今更、前世紀に生まれたパンク・バンドをそこまで目の敵にする必要があるか?当局だってパンク・ロックなんてガキ向けの音楽だって判ってんだろ?それとも今でも、レイジ・アゲインスト・マシーンやGBHや数え切れない程沢山のバンドがクラッシュの「ホワイト・ライオット」をライヴでカバーし続けて影響を持ち続けているって理解して恐れてんのか?本当はデッド・ケネディーズの傑作ナンバーが今でも影響し続けているって事実を知ってるのか?数年前のLUFFにディスチャージが参加した時の経緯もあるのであろう、当局からしたら、パンクス/スキンズというのはネオナチだろうが、アナーコだろうが、そんな事は然程関係あるまい、騒動を起こす恐れのある「ならず者達」を街に集めさせはしない、という構えだ。少し前までLausanneに居たスクワッター達は、もう俺が訪れた時にはその場所が取り壊されていて何処かに消え去っていたが、当局は再び街にパンク・キッズやスクワッターを集めたくないのだ。この一方的な決定にLUFFは憤った。別にLUFFはスポイルされたスクワッターやファッションと化したパンクを応援してる訳でもない。LUFFが厳選して今尚現在進行形で活動するパンクやメタルやオルタナや本格的な実験的電子音楽までを分け隔て無く各国から集結させ、同じステージでボーダーを超えてそれらを平等に発信し提示する事、聴衆もそれを同等に体験する事こそが重要なのである。「どうよ、この振り幅の凄さ」と言わんがごとき。またそれを現実に可能に出来る数少ない本格的フェスこそがLUFFの凄さであり真価であるのだ。彼等こそ、音楽や映像やラジオや諸々のアート行為の解体と構築をフェスを通してカット・アップして提示し、その残骸の狭間から垣間みえる新自由主義、その意志、行為、態度、そのネクスト・ステップへのヒントをもたらす革新的門戸へとチャレンジしている確信犯的集団なのである。この小さな街で彼等のアンテナは尖りすぎているのだ。又、そこがLausanneの深さであり、この街の人々の寛容さであり、おのずと毎年LUFFのフェスを開催し続けている理由も見えて来るだろう。今回、折角LUFF自身が自信を持って組んだ、このある意味「完璧なプログラム」に、つまならい偏見に満ちた権力側とその騒動に便乗した一部の保守層から大きく横槍を入れられた形と成った。面白い訳がない、この決定は我々の導火線に火を着けた。ぶっちゃけ燃えてきた。このミーティングが終わってから俺はニコ君とこの馬鹿げた騒動について語り合い、2人で静まり返った深夜の街角で立ち小便をしてから帰った。翌日、早速Casino de Montbenonを訪れてみると随分作業が進んでいた。と、言ってもまだカオスである。Casino内の一角をオフィスにして、大量のコンピューターを設置し、すぐさま仕事の続きに取りかかっている。機材の搬入なども始まったばかりであった。しかし徐々に運ばれて来る機材を見ていたら、かなり本格的であるのは容易に判った。照明を制御するメッチャ最新鋭のコンソールも搬入された。全てを把握しなければならないオフィス部門、フィルム部門、音楽部門、LUFF.FMラジオ部門から場内のドリンク部門に至るまで、みんなハードに働いていた。みなと笑顔で挨拶を交わす。ここCasino de MontbenonはLausanneの街の中でも高い場所に位置しており、周囲は公園になっている。おまけにCasinoの裏手に出て15秒も歩けばそこには広大なレ・マン湖や圧倒的な山々の尾根が見渡せて、ここは天国なんじゃないかと思う様な絶景がある。何かを忘れさせてくれる、否、何かを思い出させてくれる様な、果てない想いを巡らせるには充分すぎる場所であった。そして俺はこのCasinoでLUFFの素晴らしいケイタリングのおかげで毎日旨い食事にありつく事が出来た。ニコ君は午前中にジュネーヴァにあるTV局までLUFF 2012の取材を受けに行って、どうやらそこで俺の映像もちょっと流したらしい。で、戻ったニコ君と合流して我々は列車に乗り、Lausanneからもう少し北上してFribourgという小さな街を訪れた。車窓から見える景色はとても「スイス」だ。眺めているだけでなんだか随分良い気分だ。Fribourgは小さいがとても綺麗な街の景観だ。そこでTatoo屋NOIRを訪ねた。某アーティストがパフォーマンスに使用する為の某小物を借りに来たのだ。NOIRの主もニコ君という名前であった。店には以前に店主が日本のバースト・マガジンから取材された記事が貼ってあった。そう、入れ墨界もアンダーグラウンド・シーンでは世界中で繋がってる。1階は入れ墨を施行するスペースになっていて、店内には施行する為の器具やインクが沢山置かれている。店の奥に進むと地下へ続く階段があり、地下室となっていた。その部屋にはコルグのミニ・シンセなどの楽器が無造作に置かれてあった。飲み物をいただいて、彼等が雑談をしながら楽器を鳴らして遊んでいるうちに、その部屋の奥の造りが少し変わっていてとても古い建築であるのに気が付き、「そこちょっと変わってるね」と尋ねてみたら、そこは元々ブッチャーが肉を捌いていた場所だそうだ。うーむ、確かに言われてみればそんな感じだ。ちょっとしたアジトみたいな雰囲気で気に入った。日も暮れて来た頃我々は再び列車に乗り、LausanneのCasino de Montbenonへ戻り夕食を共にした。(続く)